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第1回 ドアの向こうにある不条理

パリ症候群2

編集部
当サイト編集部員でもある近藤淳司氏がパリへの想いを綴った書籍「ボクはパリ症候群、だった」の一部を本人了解のもと、シリーズでご紹介します。パリに憧れを持つ方、パリ旅行、滞在、留学を考えている方に、いくつもの「パリの裏の真実」と、その予防策を紹介していきます。


ドアの向こうにある不条理

うるわしのパリ。1区を中心に、現代的なおもむきを交えながら、優雅な建築がのきを連ねています。その佇まいは、ヌーヴェルヴァーグ時代の映画の風景と比べてもほぼ変化がありません。まるで久遠くおんの時が流れているよう。そんな目抜き通りを歩くだけで、気分はもうパリジャン・パリジェンヌ。

さて、そんな素敵な街中で遊歩を楽しんでいて、突然便意をもよおす。ピンチです。お手洗いに行こうにも、実はパリにはすぐにアクセスできるトイレが少ない。これは深刻な問題です。確かに、不衛生でドアの締まりが悪く故障しがちな公衆トイレは点々と申し訳程度にありますが、男ならともかく、日本人女性がそんなところで用を足すには少し勇気が要ります。ですよね?

となるとどうすべきか? パリ市内では主にカフェでトイレを借りることになります。しかし、借りるだけ借りておいて「ほんじゃさいならアデュー」というのも気が引けるのでカフェの一杯くらいはエレガントに頼みたいよね、と物の本に書いてありました。

どうしてお手洗いに行くのにコーヒーを飲まなくてはならないのか? まあそれは百歩譲ってよしとしましょう。しかし、問題はそこにあるのではない。本当の深刻な闇、それは実際にトイレに赴き、便器に向かった時に分かります。トイレに駆け込み、ドアを開いたとたん、まるで異次元空間に迷い込んだかのような錯覚にとらわれます。何かがおかしい。そう、何かがおかしいのです。それは……。

洋式便器に便座がついていない。

なぜ? なぜ便座がない? ボク自身、何度もその不条理な状況に出くわす度に自問自答し、煩悶はんもんしました。結論は容易に出ません。頭を抱え、悩んだこともあります。どうして便器に便座がついてないんだ、おかしいだろ、便器と便座は2つでワンセット、そうじゃないか? 便器だけでもダメ、便座だけならもっとダメ。いずれにせよ、用を足せないじゃないか!

そうトイレの中で叫んだことは数十回に及んだでしょうか。

そこでボクは友人たちにトイレ事情を尋ねて回りました。その個人的調査で得た解答の一つなのですが……。

どうも誰かが持って帰るらしい。

え、どうして便座を盗まないといけないの? と思ったあなた、立派なパリ症候群予備軍です。フランスでは便座は盗むものと相場が決まっているのです(多分)。恐ろしいですね。なんでも、壊れやすいから自分の家にひょいと持って帰るみたいなんですね。本当かどうかは知らないですけど。

でもボクはパリに数年住んでいましたが、便座を持ち歩いているフランス人に出会ったことはありません。色んな奇抜な人が住まう魔窟まくつですから、そりゃ一人や二人くらい、便座を脇によっこいせ、と抱えて歩いているパリジャンやパリジェンヌがいてもおかしくはないでしょう。でもボクは見たことはない。あるいは人のいない夜中にカフェに忍び込み、便座をずぽっと抜き、人目をはばかって家に持ち帰り、「ふう、本当に便座って壊れやすいんだよね。勘弁してくれよ」とつぶやくマダムやマドモワゼル、ムッシューがいないとも限りません。

フランスは、本当に分からないことだらけなのです。

さて、では便座がないトイレでどうやって用を足すのか。便座がない便器に座るわけにも行きません。そんなことしたら、お尻が便器にはまってしまうじゃないですか。それだけならまだしも、抜けられなくなって《 Au secours!オ スクール 》(助けて!)なんて叫ぼうものなら、もう生きていけません。婿むこにもお嫁にも行けなくなります。

どうやってフランス人たちが便座なし便器で用を足しているのかは最後まで分かりませんでしたが、日本人コミュニティーの間で仕入れた情報によると、やはり例え女子であっても便器に触れないようにまたがり、空気イスに座るようにする、とのことでした。

あられもない姿ですね。理不尽この上ないですが、詮方せんかたなし、です。

なんとかそういうふうに用を足した後、一杯のエスプレッソを口にしつつ外を見遣り、「やっぱりサンジェルマン・デ・プレの街並みは趣があるな、いにしえの歴史の時間が閉じ込められたみたいだ」と自分を慰め、先ほどのはずかしめを何とかやり過ごしていると、やっぱりパリを離れられなくなってくる。

そしてそのまま手遅れとなる……それがパリ・アディクションの恐怖なのです。

今回のワクチン:便座のない便器を見ても、クールに振る舞って気にしないこと。

次回は「パリの救世主に「スマイル」なし」。はたしてどんな展開が待っているのか、お楽しみに。


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