役員の承認を経て、ついに開発に向けたまとめの段階となった。
いよいよ最後の企画会議が開かれる。(物語概要・登場人物の紹介はこちら)
最後の企画会議。6月の第2週、金曜日。
梅雨入り前にもかかわらず長雨が続いたけど、今日は晴れ渡っていた。
ビルの3階の窓から外を見ると、青空が狭いビルの間に見える。
僕はコーヒーを片手に、空に浮かぶ、いくつも連なる小さな雲を見ていた。
雲は形を変えずに、ゆっくりゆっくり右から左へと風に乗って進んでいた。
長いようで短かった中野さんとの会議も、これで本当に最後なのだ。
いつも通り、13時5分前に、にこやかに笑いながら、黒いスーツ姿の中野さんは現れた。
目の奥は笑っていない。
僕は中野さんと歩きながら、目が笑っていないのではなく、あまりにも深い瞳をしているので、そこに光が届かないのではないか、と思った。
深い井戸の底が見えないように。
会議では『グループ・オン』のSaaS化を実施する際に、クライアント間でも利用可能なプロジェクト管理機能の強化、グループ会社、パートナー会社との情報共有の効率化、そしてスマホファーストという時流に乗った概念の適用。
これら3つを前面に押し出して進めることを再確認した。
「今朝送ったメールの添付ファイルが開発スケジュール案になります。確認していただけましたか?」と中野さんは言った。
「ありがとうございます。何から何まで……」
僕はテーブルに両手をついてお辞儀をした。
「この開発スケジュールなら問題なく進められそうです」
「そうですか、良かったです」
中野さんはにっこり笑って言った。深く黒い瞳で。
「あの……」と本宮が席を急に立って言った。
「すみませんでした!」
「何がですか?」と中野さんはにこやかに聞いた。
「最初の頃、大変無礼な振る舞いをしてしまって……。正直なところ、イライラしていたんです。開発部はいつもスケジュールに押されてて、人員が足りなくて、それなのに新規事業ってそれどころじゃないでしょ、って……
近藤さんにも失礼なことをしてしまって、もう私どうしたらいいか、悩んでいたんです。
でもしっかり、きちんとお詫びをしたいと思って。
この場を借りて謝罪させていただきます。申し訳ございませんでした」
本宮は深々と長く一礼をした。僕も急いで立ち上がった。
「同じチームのメンバーとして、上席として、僕の監督不行届でした。僕も謝罪させていただきます」
「まあまあ、全然気にしていないので、頭を上げてください、お二人とも」
「そう言っていただければ幸いです」
僕はもう一度礼をして、恐縮しながら席に着いた。本宮もそれに続いた。
中野さんはMacBook Proのモニタを閉じて僕らと向かい合った。
「もう問題なさそうですね、近藤さん。チームワークもばっちりですね」
「はい。僕、思ったんです。今回、中野さんにコンサルティングをお願いして、企画を練っていく上で、どんな効用があったのか。一つは僕らの結束力が高まり、強いチームワークが生まれました。
今まではみんな、ほとんどバラバラで、僕一人で動いている、そんな気になってしまうところが正直あったんです。でも、みんなの力がなければ今回の企画も出来なかっただろうと。
僕ら開発チームだけじゃなくて、営業だとか役員だとか、つまり会社全体の連携が取れるようになった、って」
「ありがとうございます。そう、おっしゃる通り、全社が全力を挙げて取り組まないと、事は上手く運びません。
前回、近藤さんたちが会議室から退出された時に、山岡さんと広末さんのお二人が沢田さんを説得していましたが、企画に『ものを売る』という営業の視点が入っていることを、しきりに評価されていましたよ。沢田さんもそれは認めていらっしゃったようです」
「はい。あの後、山岡さんからは、もし仮に失敗しても大丈夫だから思い切ってやれ、との力強い言葉をいただきました。
前の会社を辞めて山岡さんに付いて行こうと思えたのは、そういうどっしりとしたところがあったからなんだな、と気づいたんです。そんな気づきが今回のプロジェクトにはたくさんありました。自分で言うのもなんですが、成長したと思えます」
「そうですか、それは良かったです」と中野さんは頷きながら言った。
第48話 「最後の金曜日(後編)」に続く


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