前田の作ったモバイルビューワーが、スマホアプリになることが解り、一気に現実味を帯びてきたアイデア。役員達の判断は?(物語概要・登場人物の紹介はこちら)
何がどうなっているのか、もはや良く分からない。
その後、いろんな質問が矢のように前田に飛んだが、前田は黙り込んでしまった。
僕は前田が極度の引きこもりであることを危ぶんで、質問はまた今度! と言って急いでPCを持って会議室の外に出た。
出るときに広末さんは僕の目を見て頷いてくれた。
本当にいい人だ、広末さん。
「皆さん、というわけで問題はなさそうですね。予算のことなどもありますが、懸念のモバイル環境もクリアできそうです。どうですか、沢田さん」
という広末さんの声が会議室から聞こえた。
「ああ、問題ないだろう」と沢田さんの声がした。
「予算はどうですかね、山岡さん」
「大丈夫だ、問題ない」と山岡さんの声がした。
「こうなると思っていたんだ。いつも囁いていたんだよ、オレの中のゴーストが」
僕は会議室のドアにもたれかかってため息をつき、その場にへたり込んだ。
「……なあ、前田。なんだか良く分からないが、どうもありがとう。これでなんとかプロジェクトも実行できそうだ」
どういたしまして、とPCから声が出た。良かった。
機嫌を損ねたわけではなさそうだ。
「でも、どうしてアプリを作ることができるって最初から言わなかったんだ?そうすれば話は色々とややこしくなかったのに」
と僕は至極真っ当なことを尋ねた。
「……聞かれなかったので」
「そう答えると思ったよ」僕はもう一つ大きなため息をついた。
僕はデスクに戻ってPCを置き、電源を落とした。
事情を知った坂石がやってきて、お疲れさまでした、と僕を労ってくれた。
「あの噂って、どうやら本当だったようですねー」
と坂石は呆れたように言った。
「高校時代は名の通ったハッカーだった、ていう噂。でも、どうしてそんなヤツがうちにいるんでしょうね?」
「さあね」僕は首を振って言った。
「それについては、今度考えることにするよ」
今回は前田の天才に助けられる話のように見えますが、僕の中で一番重要だなと思っているのは本宮のこの2つの台詞でした。
「確かにユーザーが今欲しているものを作るのも大切ですけど、時代が欲しているものを作るのも大事なことなんです! 私はそう思います!」
「ユーザー本位というのは、今使ってくださっているユーザーだけに向けられたものではないと思います。(中略)
かっこつけてますけど、『未来のユーザー』に向けて私たちが新しい、未知のニーズを開拓することも必要なんです!」
ユーザ(あるいはコンシューマ)というのは、あるツールをベンダの思いも寄らないような方法で使いこなして、独自の利用スタイルを作り出していくもの……などでは決してありません。
それどころか、マニュアルも読まず、ツールの操作を覚えようともせずに、少しでも迷うとサポート窓口にとりあえず問い合わせ、あるいは面倒になってそのツール自体を使うことを諦めてしまう。そんなものである……ということの方がずっと多いのです(笑)。
僕はこれらをまとめて、「本気になれないユーザ」「発想力のないユーザ」と呼びます。
ただし、決してそれはユーザの問題・怠慢という意味ではなく、そのような状態にユーザがなってしまっていることの比喩でしかありません。
まずはツールベンダがユーザをやる気にさせるような、どんどんアイデアが浮かんできて、使いたくなるような機能・価値を提供し、ユーザを市場を引っ張っていくことが重要だと考えます。
代替プロセスが容易に見つかるようなシステムは作るべきではない。
そんな持論を持っています。
替えが簡単に利くポジションは人でもシステムでも重要ではないからです。
第47話 「最後の金曜日(前編)」に続く


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