役員プレゼンで出た課題は懸案だったユーザが求めるモバイルビューの対応。
思案に暮れる近藤に、正体不明のメンバー前田が思いもかけない言葉を発する!
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「ボクがいつも使っているんです。グループ・オン、モバイル環境だと使いにくくて。ビューワー、作っちゃいました」
「えっ!?」僕と本宮は、思わず顔を見合わせた。
「これ、ダウンロードのURLです」と言ってURLが書かれたウィンドウがPCの画面にポップアップされた。
広末さんに呼ばれた僕と本宮は会議室に戻った。
山岡さんは腕組みをして目を瞑っていて落ち着いているようだった。
一方の沢田さんは足を組んで両手をその上に載せ、少しイライラした調子で窓の外を見ている。
中野さんは僕らの方を見て微笑んでいた。相変わらず目は笑っていない。
僕が広末さんを見ると、肩を軽くすくめた。
沢田さんはどうもまだ納得していないらしい。
「……沢田さん、モバイルビューの件、何とかなりそうです……」
僕はそう言って1台のAndroid端末を沢田さんに差し出した。
「うん? どういうことだ?」と沢田さんは端末を受け取って言った。
「……なんだこれは? 社内で使っているグループ・オンの画面じゃないか。どういうことだ、説明してくれ」
「えっと、前田が既にスマートフォンのビューワーを作っていたんです……そんなゴテゴテ真っ黒々の、ヘンテコなゴシックスキンですけど……」
沢田さんは目を丸くした。
「一体どういうことなんだ、あいつ、まさかハッキングして……!」
「普通そう思いますよね、でもそれ、手製のWebアプリなんです。なんでも前田が自分に使いやすいように、って自作したとのことで」
もしハッキングして元のプログラムを改変していたのなら犯罪だけど、前田はWeb上で動くグループ・オンをスマートフォンアプリ上で見やすく、操作しやすいように変換しただけなので、道義的にも法的にも何の問題もなかった。
沢田さんはううむ、と唸っていた。
「PC版をいじらないでこれを作った? ソース無しにか? 信じられないな……でもこうやってきびきび動いている……一体どうなっているんだ」
「僕もにわかに信じられないんですけど……」
沢田さんはしばらく操作していた。僕は固唾を飲んで見守った。
「沢田さん、問題ないですよね?」と広末さんがフォローしてくれた。
「いや、これはダメだ。この作りでは個人で使う分には問題ないだろうが、うちのクライアント数だったらアクセスが集中するとサーバに負荷がかかってダウンしてしまう。ネイティブアプリだったら別問題だが」
あちゃー。
今度はネイティブアプリか……やっぱりスマホアプリが必要なのか……。
またもや課題が持ち上がったその時。
「そういえば、前に『スマホアプリを作るのは難しいか』って、前田さんが近藤さんに聞いていましたよね」と中野さんが僕に尋ねた。
僕はそんなこともあったな、と思い出して頷いた。
前田がスマホファーストの提案をしてきて、その非常識をなじったときだ。
「そのビューワーを私にも見せてもらえませんか?」
と言って中野さんは沢田さんからAndroid端末を受け取ると、しばらくそれをいじっていた。
「これはかなり高い技術ですよね……近藤さん、今、前田さんとコンタクト取れますか?」
「あ、は、はい。ではPCを持ってきます」
僕は急いでノートPCを取りに戻り、会議室へと運んできた。
「前田さん、もしかすると、このビューワーをネイティブアプリに変えることが出来るのでは?」
「はい、出来ます」
その場が一挙にざわついた。はい、出来ます? もうね、どういうことなの?
「コードを変換するだけなので……時間はかかりますが、問題ないと思いますよ」
「時間はどのくらい?」
「……さあ。2週間はかかるかもしれません」
「これは驚きですね」
と中野さんは首を横に振って言った。笑顔が漏れていた。その目は真剣そのものだった。
「普通なら数ヶ月かかってもおかしくないですけどね」
「なんということでしょう」と僕はつぶやいた。


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