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第43話 ユーザーは何が欲しい?

st43

コンサルタントと四苦八苦しながら必死に考えた企画は、無意識に会社の方向性とリンクしていた。チームは自信を持って役員プレゼンへと向かうのだが……。
(物語概要・登場人物の紹介はこちら)


火曜日、いよいよ役員プレゼンだ。

僕はいつもの会議室に資料を持って向かった。
昨日役員にメールで送っておいた企画書のプリントアウトを手に携え、机に座った。

久しぶりに見た山岡さんは少し痩せているようだった。
沢田さんはいつものように神経質な感じで銀縁のメガネを正している。
広末さんは僕の顔を見るとにこり、と微笑んでくれた。
広末さん、いい人だ。

「まずは中野さん、とりまとめありがとうございました」と山岡さんは言った。
「そして近藤君、本宮さんご苦労さん」とねぎらいの言葉を掛けてくれた。

「では近藤君、プレゼンの方、始めてくれ」

僕は用意した資料を元に、プレゼンソフトで発表した。
いくつかは本宮が用意してくれた資料を使い、グラフを用いた。
従来のグループウェアに対するユーザーの不満や要望、SaaSの利用動向、その他諸々。
これらを前提とした今回の企画立案意図と詳細について可能な限り役員に興味を持ってもらえるように、また自分たちの意思が伝わるように慎重に言葉を選びながら話していった。

プレゼンが終わると真っ先に沢田さんが手を挙げた。
そして質問を次から次へとたたみかけた。
沢田さんはまずユーザーのニーズについて問うた。
本当にユーザーは君の提唱する機能を真っ先に欲しがっているのか?
君が単に使いたいだけじゃないのか?
これが一番良いとする根拠は何か?
限られたリソースはもっとユーザーが本当に望むものに割くべきじゃないのか?

僕は質問に答える術がなく、ただはあ、はあ、と言うことしか出来なかった。
沢田さんの言い分にも一理ある。反論するだけの力は僕にはない。
これがすごく良い、と思ったものを、コンサルタントが良いと言ったから決めました、なんてことは口が裂けても言えない。

でもね、僕は、僕らは一生懸命頑張ったんです……。
僕は中野さんの方を見た。中野さんはにこやかに笑っていた。
目の奥は相変わらず笑っていなかったけど。

僕は顔を上げていられなかった。その時、広末さんの声が響いた。

「まあまあ沢田さん。僕は良く練られていると思いますよ」

「沢田さん、SaaSアプリに限定して新規に作るよう近藤君に言ったのは僕なんだから、僕の顔を潰すような発言は困るな」と冗談めかして笑いながら山岡さんは言った。

「ちなみに沢田さん、あなたが考えるユーザーのニーズとはなんだい?」

「山岡さん、新規事業も良いが、もっと開発のことも考えてくれないと」
とイライラした口調で沢田さんは言った。
「グループ・オンはモバイルビューに対応していない。スマホで見られるように、と多くのクライアントから依頼が来ているって何度も伝えましたよね。リソースは限られているんだから、優先順位も考えないと」

山岡さんと広末さんは頷いた。

確かにモバイル端末で見やすいモバイルビューは開発部の懸案事項だった。
そういう要望が多数寄せられていることは開発現場を預かるチーフの僕だって把握している。
でも山岡さんが言うように、これはSaaSアプリとしての新規事業だった。
でもそうか、沢田さんがキックオフミーティングで不満そうにしていたのは、これがネックだったからなのか……。

「近藤君、本宮さん、すまないが30分ばかり休憩にしよう」と広末さんが言った。
「ちょっと役員だけで話し合いたい。中野さんは残ってください」

僕は本宮と一緒に会議室を出てデスクに戻った。
せっかく頑張ったのに、ダメかもしれない……。
その時、僕の席に置いておいた前田(のノートPC)が静かに音もなく立ち上がった。

小野正博のワンポイントアドバイス⑮

「フリーミアム」という言葉(ビジネスモデル)をご存じでしょうか。
これは「フリー(無料)」と「プレミアム(割増)」を合わせた造語で、基本サービスを無料で提供し、様々なオプション・アドオンサービスを課金、あるいは広告から収益を得ることで成り立つビジネスモデルのことです。
分かりやすい例では、パズドラのようなソーシャルゲームにおいて、基本的には無料で遊べても、ゲームを優位に進めるためのアイテムなどを購入する際に課金が必要になるシステムがあります。

特に様々なWebサービスやスマートフォンアプリのマーケティングにおいて、今やフリーミアムは真っ先に検討されるのではないでしょうか。
上手く行けば、有料サービス・有料アプリではリーチしないような、最初からお金を出してまでは利用しないユーザ層に対しても、興味を持ってもらえて、更に課金ユーザへと育てることも可能になります。

物語中では開発メンバーで企画アイデア出しを行っていたことから、あまりこのような検討はされていないのですが、本宮さんの「ユーザ企業と同じグループウェアでプロジェクト管理をしたい」という要望から生まれた「クライアントと一緒☆」という企画は、正にフリーミアムに通ずることが当然だったわけです。

ここで成功例をシミュレートしてみます。

まず使いやすいプロジェクト管理機能を無償で提供し、グループウェアの概念と操作方法を把握していただく。
プロジェクト自体もツールの支援によって今までになく見通しが立てやすい、関連ドキュメントが一元管理できる、スケジュール調整が簡単、などの良い印象と共に順調に進んでいる。
とまあここまで来たら、このグループウェアを全社的にそのまま使いたい、今やっているプロジェクトに限定せず、全ての機能を使いたい、という当然の欲求が出て来ます。

そして簡単な手続きで利用中の無償アカウントをデータを引き継いで、本利用の有償アカウントへと変更することができるとすれば、他のグループウェアより優位に立って多くのユーザ獲得が見込めるのです。

作ることももちろんですが、売ることまで考えていない企画は失敗します。
今後もこの辺りは書いていきたいと思いますのでご期待ください。

第44話 「冷静と情熱と困惑と」に続く

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