プロジェクトのリーダーとしてこれからの進め方に悩む近藤だが、リーダーとしての自分の在り方やメンバーとの関係の考え方が変わってきているようだ。(物語概要・登場人物の紹介はこちら)
その後、通常業務。
21時を過ぎて、僕はコンビニで買ってきた卵とハムのサンドウィッチをほおばりながら、
コーヒーで胃の中に流し込んだ。
時間が無制限にあるわけではない。
きついけど、ここで頑張っておけば後が楽になる。
「今が踏ん張りどころ」という時がある。
そういうときにこそ、リーダーは頑張っておく。後がスムーズに流れるように。
皆が気持ち良くプロジェクトに取り組めるように。
……僕、こういうキャラじゃなかったんだけどねー。
誰もいない夜のオフィスは昼の賑やかさとのコントラストを鮮やかに描くように、不思議な静けさがある。
僕の上だけライトをつけて、僕はモニターを見る。
本宮と前田、そして自分のアイディアシートを交互に見渡す。
外では車の通る音がする。救急車の救急搬送するサイレンが響く。静かだ。
予算も期間も限られている。
そういう中で、ユーザーに最大限の利益を、と言うのが開発部のモットーだ。
僕はそんなの当たり前だろ、くらいにしか思っていなかった。
でも、今は違う。
僕らのチームの製品が形となり、世に出て、喜んで使ってくれる方々がいて、その間には疲れても頑張ってくれるメンバーがいて、営業に回る皆がいて……そういうすべての人たちの笑顔がイメージとしてクッキリと僕の脳裏に見える。
僕は一生懸命やっていたはずだ。それは間違いない。
でもそんな彼らの笑顔のために頑張ろう、なんて思ってやっていたわけではなかった。
次から次へと来るタスク、案件、業務をばっさばっさと右から左へと処理していくことで精一杯だった。
心身ともに疲れているが、今は皆の笑顔が見られる余裕がある。
よし、頑張ろう、と思えてくる。
その時、ガチャ、とオフィスのドアが開いた。
こんな時間に誰だろう? 警備員さんかな?
「近藤さん、やっぱりいたんですね」本宮だった。
「どうしたの? こんな時間に」
「近くのカフェでアイディアシートとにらめっこです。私、仕事が遅いから早くやっておこうと思って……帰ろうと思ったらオフィスに電気がついているから」
「残業なんて珍しいね、本宮さんが」
本宮は何も言わずにデスクに向かい、はあ、と小さくため息をついてイスに座った。
「私も頑張っています。近藤さん一人だけが頑張っているんじゃないんですよ」
僕もこれには少しカチンと来て、なんだって?
と少し声を荒げた感じで聞き返した。本宮は僕をキッと睨んでいた。
僕はそれ以上何も言わず、作業に戻った。
本宮、入社当時からあまり気が合わなかった。
ストレートできつい言い方、何か不満があると睨むクセ、遅刻、仕事の遅さ、酒癖の悪さに暴力癖……あれ?
僕は、どうして彼女の悪いところばかり見ているんだろうか。
作業をいったん止めて、冷めたコーヒーを口にしながら横目で、斜め前に座っている黒縁メガネの本宮を見た。
不機嫌そうにPCの画面を見ている。
悪いところじゃなくて、彼女の良いところを探してみよう。
仕事は遅いが丁寧だ。何を考えているか分からない、と言うこともなく、ズバリと問題点を言ってくれる。
遅刻は……仕事は遅いけど出来はほとんど問題ない。
それはマイペースだけど丁寧ってことではないか?
そして心優しい女友達に恵まれている。
僕は本宮にちょっと待ってて、と告げて階下のコンビニに急いだ。。


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