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第36話 売り手の視点

新規事業開発プロジェクトの企画フェーズ。メンバーから出されたアイデアは、それぞれ異なるもので、さらにアイデア立案の視点もバラバラ。はたして企画はまとまるのだろうか?(物語概要・登場人物の紹介はこちら)


「本宮さん、何か?」と中野さんが聞いた。

「いえ。何でもないです」本宮は小さく首を振った。
耳のピアスが一瞬、ほのかに光った。

どれもこれも一長一短と言ったところだ。
後は営業のメモ書きに目を通した。
アイディアと言うよりは既に営業部の方ではグループ・オンのSaaS版を想定しており、契約した場合、グループ・オンを導入している企業には残りの保守契約料分をSaaS版の利用料として充当し、無料提供したい、だとか、
スムーズにグループ・オンから移行できるようにデータ移行用のコンバータを必ず開発してくれ、だとか書いてあった。

「営業はグループ・オンをそのままSaaSにすると考えているのか……」
と僕はこぼした。

「近藤さん、開発するのは開発チームですが、それをどのように売るか、というのも忘れてはいけないことではないでしょうか」と中野さんが言った。
「営業部の方々の観点は大事です。まだグループ・オンをそのままSaaSにすると決めたわけではないですが、彼らはどのように売ろうかと既に開発後のことを考えてくれているはずです」

僕は真っ正面から僕を見据える中野さんを見て、そうだ、広末さんも良くそういうことを言っていたな、と急に思い出した。
最近は広末さんと飲みに行く機会もなかなかないけど、昔、飲みの席で言ってくれていた。

「良いものを開発する、というのは開発者にとって当たり前。次のステージは、ものを売るという立場にも立ってみること。
専門のことは専門家に、という発想からすれば、そんなことをする必要はないように近藤君は思うかもしれない。確かにそこまで考えなくても、良いものを作れば良いだろう。
でもその立場に立ってみて初めて見えるものもある。
僕はずっと営業畑だけど、沢田さんと話していて、開発者の想いというものを理解する努力をしながら、サービスをお客さんに提供しようとしてきたんだよ。開発者の熱い想いは、君にもあるだろう?」

若造の僕は、はあ、なるほど、なんて生返事をしていたけど。
今、その意味が不思議と少しだけ理解できたような気がする。
ほんの少しだけだけど。
頭の中では、理屈では分かっていたはずのことなのに。

その後、企画会議は16時まで続き、我々は時間いっぱい話し合った。
ああじゃないこうじゃない、という感じで、ずっと決着点が見えない。
さてさて、どうしたものだろうか?

小野正博のワンポイントアドバイス⑬

今回の物語のような企画会議において、メンバーが企画案を出す時に、
「ジャストアイディアですが」という枕詞が時々使われます。
しかし本当に今見聞きした情報から反射的に発案する時以外でそれを使ったらアウトです。決してやってはいけません。

どうしてでしょうか?
答えは、限られた時間しかないのに、議論が深まらないからです。

この物語では中野の指導の下で企画立案前に、必要最小限の範囲で各種の環境調査・分析を行っています。
これはSaaSアプリ開発企画を立てる際の「前提条件」を導き出すためです。
つまり、各人がこの前提条件を理解することで、企画案の方向性を絞り込み、闇雲にアイディアだけが発散してしまうのを防ぐのです。

皆さん、どうでしたか?

その上でプロジェクトメンバーから集めた今回のアイディアですが、それぞれの立場で考える、現状のグループ・オンの課題、その他業務上の課題などが中心で、「ベンダ側の視点が色濃い」ということに気が付かれたと思います。
唯一、営業部からのコメント集にあったライセンス費用の優遇を除いて。

僕自身は必ずしもユーザ至上主義ではないのですが、ものを作ってそれを売ろうとするのであれば、買う側の視点がかなり重要なのは当然です。
ベンダ側、ユーザ側に加えて第三者の視点(今回は専門コンサルタント)を設けることで、本プロジェクトの企画会議は充実したフォーメーションで進めることができているのだと思います。

いよいよ企画フェーズは終盤へ。
中野は何を伝え、近藤は企画案をどのようにまとめ上げるのか、
その時、本宮は、前田はどう出るのか、そしてついにあの人物が動き出す!?
次回もどうぞご期待ください。

第37話 「企画案を協議する」に続く

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