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第35話 スマホファーストというUX

プロジェクトメンバーから出されたアイデアは、各々が面白く魅力的なものだが、開発面など様々な課題が残るものだ。どうする?(物語概要・登場人物の紹介はこちら)


前田の「スマホファースト」は、かつて「モバイルファースト」と呼ばれていたものが、より意味合いを明確にして一部で使われ出した言葉であり概念だ。

従来のSaaSアプリの多くは、PC向けのWebアプリがまずあって、それをモバイル環境で利用できるようにする、
すなわちスマートフォン対応を後から行うという発想である。
だが、スマホファーストは書いて字のごとく、PC向けのWeb版に重点を置くのではなく、スマホアプリから開発を進める、
あるいはスマートフォンならではの機能や使い勝手に注力して、新たな価値を提供しようというものだ。
PC向けのWeb版の機能をどのようにダウンサイジングして、スマホアプリに落とし込むかという発想から解き放たれ、スマホアプリの特性を十分に活かすにはどうすれば良いか、という考えのもとに開発できる。

「PCの前にいる人々は、魂を重力に引かれて飛ぶことができない」
と僕の説明を聞いた中野さんがにんまり笑いながら、また訳の分からないことを言っている。
やっぱりニュータイプか……『攻殻機動隊』マニアの山岡さんと同じだけど、この業界ってアニメのセリフを使う人が多くて対応に困る。
僕は嫌いじゃないんだけど、分からない人に説明しづらいのよ。
ほら、案の定本宮がぽかんとしているし、遅れて前田がふふふと笑っている。
ダメだ、早く何とかしないと。

さて前田の着想は具体的な内容には触れられていないため、まだぼんやりしているけど確かに悪くない。
しかし、スマホアプリを作ったことのない当社が実際に取り組むとなると、ほとんどの作業を外注しないと無理だろうというのがネックになりそうだ。
期間・コストのことを考えれば厳しいよね……。

「そうですか。そんなに難しそうですか」前田は抑揚のない声で言った。

「いや、うちはスマホの開発経験がないから難しいに決まってるじゃない……」
と僕はため息をつきながら言った。

前田は本当に世間知らずで、時々とんでもないことを言って僕を呆れさせる。
PC越しに僕の感情が伝わったのか、いつものように前田はだんまりを決め込んでしまった。

しかし、こいつはどういう顔をしてこんなことを言っているのだろう。
数回会ったときもマスクをしていたから表情が良く分からない。
そもそもどんな顔をしていたっけ?
日に当たってない青白い顔をしていて、目も表情に乏しかったような……。

「と言うと、難しくはないはずということですか?」と中野さんが尋ねた。

「たぶん」と前田は相変わらず抑揚のない声で言った。
中野さんは何とも無感動にははあ、と返答した。僕は軽くため息をついた。

「では近藤さんのアイディアシートは……」
と中野さんが僕のシートを見ながら言った。

僕のものは、グループ・オンにグループ企業間で活用できる機能を追加した「グループ・ワン」というものだ。
例えばグループ・オンのデータベースには組織(※下記参照)や、人・利用権限などに関する各種マスタ設定を持っているが、これらは利用企業1社に限定されたものでグループ会社など複数社間での連携などは当然考慮されていない。

■組織マスタ(例)

  1. 会社(株式会社○○○○)
  2. 部門(開発部門)
  3. 部(第一開発部)
  4. 課(○○○○課)
  5. チーム(○○チーム)

例えばA社という親会社があり、その子会社にa社とb社があるとしよう。
a社とb社から見ると、グループ会社の組織体系としては、A社はひとつ上の階層にある(例示した組織マスタ上は「0」に当たる)。
しかしながら、現在のグループ・オンにはその設定がないため、このようなマスタ管理は行うことができない。
そのため、仮にa社の社員がb社に出向するような場合には、b社にも同じ社員のアカウントを新規に作らなければならず、管理が煩雑になってしまう。

そこでSaaSならではの特性を最大限活かせるように、グループ・ワンでは「1. 会社」のさらに上位階層を定義できるように、別途「グループ会社マスタ」や「グループ会社権限マスタ」を用意して、親会社・子会社などのグルーピングを行えるようにする。
関連企業間の連携が強化されて、使い勝手が向上し、契約数も伸びる!
と僕なりに考えたのだった。

問題は、データベース再設計の方は僕の力で何とかなるとしても、改修の影響範囲を考慮すると開発にかなり時間が掛かることだった。

そこまで説明すると、
本宮の「あれ? これどこかで……」 という小さな声が聞こえた。

第36話 「売り手の視点」に続く

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