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第31話 任せてみたら凄かった

日報のおかしさに目が行き、本宮が作っていた市場調査の資料に目を通せずにいた近藤。
そんな中、本宮のプレゼンが始まった……。
(物語概要・登場人物の紹介はこちら)


「中野さん……市場調査の資料を本宮が作っていたのですが、ミーティングまでに目を通すことが出来ませんでした……重ねてすみません」

僕は会議室に遅れて入り、振り返る中野さんにすぐに謝った。
もう、ダメかもしれない。中野さんはきっと呆れているだろう。
怖くて中野さんの方を見られない。

「お疲れのようですね」と前田の覇気のないいつもの声が聞こえた。
うん、まあね……って。あれ? 気がつくと、PCがセッティングしてある。
プロジェクタのスクリーンも下ろしてある。あれ、誰だ?

その時、ブラインドをじゃっ! と下ろす音が聞こえた。本宮だ。
僕を真顔でじっと見て、そのまま視線を逸らして席に着いた。
そしてどうぞ、と右手で席に着くよう促した。
僕はそそくさと席に着き、中野さんをちらりと見た。
中野さんはMacを開いて、両手で両肘を抱え、目を瞑っていた。

「さて、当社の内部環境分析と外部、特に市場環境の分析が終わらないと先に進めません。本フェーズ期間は1ヶ月の予定ですので、少々遅れ気味です」

「あ、やっぱり遅延ですか……」僕は正直、泣きたくなった。

「近藤さん、心配症ですね、ははは。心配症なのはお父さんだけで十分です」

中野さんはそんな心配は無用だ、と言う時に出る、あの裏のない笑い声で笑った。なので、僕は幾分安心した。

「大丈夫です、スケジュールの確認をしたいだけです。でもまあ時間がないので今ここでやってしまいましょう。
本宮さん、では外部環境調査の報告をお願いします」

本宮ははい、という声と共に立ち上がり、会議室の電気を消しに行った。
僕はブラインドを閉じ部屋を暗くし、プロジェクタの電源を入れた。
どうも、と本宮は言った。

素晴らしいプレゼンテーションだった。

本宮はSaaS型ソフトに対する企業の意識調査やその利用動向をまとめていた。
多くの企業がSaaS型ソフトの利点として挙げていたのは、パッケージソフトに比べてイニシャルコスト、導入期間の面で有利である点、不正アクセスは別として、セキュリティ対策は運営元がほとんど行う点、そして何よりもサーバの運用・保守のコストを抑えられる点であり、これらを大変魅力的だと答えている。
また大手企業が積極的に導入を進めていることが更なる安心感を生み、中小の企業も積極的に導入し、あるいは導入しようとしていた。

また利用の現状として、業務アプリケーションをSaaSに置き換えた数社を例に取り上げた。
A社ではメール、B社ではグループウェア、C社はそれらに加えて会計システムまで活用していた。

これらすべてに共通するキーワードは「クラウド」だ。
今流行であるこの言葉を業界大手がプッシュし、明確な定義もされないまま、あるいは理解もそこそこに、様々な業種の企業がパッケージソフトから鞍替えしている。
本宮はあるICTコンサルタントのメルマガを元に、その状況を説明した。

「ICT業界に限ったことではないのですが、既存のサービスに新しい名前を与えて、別の視点・角度からサービスを提案・提供することがひとつのスタイルになっています。
クラウドコンピューティングも、元は業界でも取り立てて珍しくないサービスのひとつですが、Appleが“iCloud”を提供し始めた頃から名前が一般にも知れ渡り、急激に市民権を得たように思われます」

全体的に、グラフや画像を用いて、とても分かりやすかった。
ひとつのテーマに沿って必要なデータを選りすぐり、淀みなくプレゼンが進んだ。

すごいな……と感嘆の言葉が思わず口に出た。
僕はこんなの、絶対に出来ない。プレゼンソフトで適当にお茶を濁すくらいだ。

本宮のプレゼンが終わると、中野さんは軽く拍手をした。
僕も拍手をした。
PCの前田からは反応がないけど、たぶん寝てはいないだろう。
眠くなるような発表ではない。
中野さんはありがとうございました、と言った。

第32話 「失敗の定義」に続く

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