これまでのあらすじ
近藤は東京の中小ICT企業「コアシステム株式会社」で働くエンジニアである。
SaaS型アプリの新規企画案を、ICT専門コンサルタントの中野と共に練ることになった。
一癖も二癖もある役員とプロジェクトメンバーとの間で、近藤の苦戦奮闘が続く。
本格的にスタートした定例会議。初っ端からチームの足並みが……。
近藤の不安は益々増すばかりだ。
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先週金曜のキックオフミーティングが終わり、明けて火曜日。
中野さんがやってくる日だ。毎週火曜金曜が定例ミーティングの日で、毎回2時間ほど様々な打ち合わせ、ヒアリングを行うことになっている。
中野さんの指示では、簡易的な社内の環境分析が必要だから今日までに内部資料を用意しておくように、とのことだったので、僕はなんとか間に合わせた。
USBメモリにデータを移していると、本宮が出勤してきて「ふん」という感じで僕の顔を見た。
目を逸らして何も言わず、自分のデスクにどすっと音を立てて着いた。
金曜日のアッパーカットについて、謝罪も受けずにうやむやに解散となって、昨日からずっとこんな調子だ。
データ集めってアシスタントも手伝う仕事じゃないの!?
と聞こえない声で一人こぼす。また白髪が増えるだろうな……。
仕方が無いので僕一人で集めましたよ、ええ。
溜まった仕事も残業してやりましたよ、ええ。
なんだか殺伐とした雰囲気の中、黙々と作業をこなす開発メンバーを見ていると、僕はチーフとして何をやっているのかな、という考えが頭をかすめた。
どうしてだかは分からないけども。
13時5分前。中野さんがやってきた。
恐らく、あの大きなカバンに大きなMacBook Pro 17インチモデルを入れて。
「あの。重くないですか?」と僕が聞くと、
「いえ。鍛えているんです」と答えが。
「なるほど」と言って僕は頷いた。
5月も中頃なのに、今年はまだ肌寒い日が続いている。
中野さんはいつものように黒のスーツを着て尖った革靴を履いていた。
中野さんがMacを取り出し、スリープを解除している間に、僕は会議室のデスクにPCを置き、前田を召喚した。
「あれ? 本宮さんは?」と中野さんが尋ねた。
僕は何も言わず中野さんを見て、こくりと頷いた。
中野さんはにこりと微笑み、黙って頷いた。
「近藤さん、初回のミーティングからチームの足並みが乱れるのはどうでしょうか。色々あるでしょうが……」
「すみません……。すぐ呼んできます」
僕は本宮を呼びに行った。
彼女には13時スタートであることはしっかりと伝えてある。
僕は力の無い声で本宮さん、ミーティング始まるよ、と言った。
本宮は僕に一瞥をくれ、ああ、もう面倒くさい、
という感じでイスから立ち上がった。
いつもはここまで機嫌を悪くしないのだが、今回は虫の居所が悪いのだろうか。
「本宮さん、どうかしたんですか?」と坂石が言った。
さあ、と僕は首を振った。
僕は先に会議室へと戻って、ホワイトボードの上にあるプロジェクタのスクリーンをガラガラと下ろした。
すみません、と言ってブラインドを調整して窓から差し込む光を遮って、スクリーンに青い映像が映っているのを確認する。
よし、プロジェクタは問題ない。
悲しいけどこれ、アシの仕事なのよね……。
前田はいないも同然だし、会議前にやっておいて欲しい……。
僕は中野さんの前に座り、ようやく来た本宮は僕の左隣に座る。
PCの前田は本宮の前に、全体が見渡せるように配置した。
中野さんとPC前田は後ろの窓から逆光になるので、ブラインドは閉じたままにしておいた。
「遅くなり恐縮です。それでは始めたいと思います」と僕は言った。


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