プロジェクトキックオフミーティング後に催されることの多い懇親会。
食事や会話で普段見られないメンバーのこと、他部署のことが改めて見えてくるものです。
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役員とメンバーの紹介を何とか終え、出前の鮨で歓談する運びとなった。
手狭な会議室から営業部のルームに出た。
空いたスペースに折りたたみのデスクで一席設けていたんだけど、頼んでいた鮨はすでに届いていた。
中野さんは、
「鮨はいいね。鮨は心を満たしてくれる。江戸っ子が生みだした文化の極みだよ」
と、デスクの上に、でん、でん、でん、と3つ置かれた寿司桶を見て頬を緩ませた。
わざわざ美味しそうな所を探して注文した甲斐があったというものだ。
アラカルトでサラダやパスタ、肉料理でもケータリングしようかと思っていたが、ふとしたきっかけで、中野さんから鮨が三度の飯より好き(意味不明だけど)と聞いたので鮨にしたのだ。
千葉の漁港近くの生まれで、何かイベントがある毎に鮨を食べるのだという。
「みんな、今日は鮨を多めに頼んだから、ちょっと仕事の手を休めて一緒に食べよう。お酒も飲める人はビールもあるから飲んでも良いぞ!仕事が残っている人は、ほどほどにな」
広末さんは大声でそう言い、ハハハと笑った。
パーティションで仕切られた隣の開発部で黙々と作業に打ち込んでいたメンバーの一人一人に声をかけて回った。
広末さん、いい人だ。僕には出来ない。
仕事を終えた営業のメンバーもビールと鮨にありつけるということで、何人かちらほら残っていた。
営業部はネクタイをしっかりと締め、楽しそうに話しながら笑っている。
一方、我らが開発部は、女性以外はみんな長袖のシャツかTシャツをだらしなく着て、だぼだぼの格好だった。
普段は気にならないけど、こういう風に横並びに集まると、外に出て行く人間と、内で作業する人間の違いがはっきり出てくるんだな……なんてことを思った。
僕もゆるい長袖シャツにジーンズ、歩きやすいスニーカーという格好だ。
営業のメンバーはみんなスーツに革靴。
毎日移動して、疲れないのだろうか?
「それでは乾杯だけ先にやろう。このあと、私は出ないといけないのでね」
と山岡さんが言った。
各々、コーヒーカップやプラスチックのカップにウーロン茶やジュース、そしてロング缶のビールを注ぎ、乾杯の挨拶を待つ。
「みんな、知っているかもしれないが、そちらにいらっしゃるコンサルタントの中野さんと近藤君の働きで、SaaS型アプリの新企画を考えてもらうことになった。中野さんはなかなかの凄腕でいらっしゃる。
彼の話を聞いたとき、『これはいける!』って囁いたんだよ、オレの中のゴーストが」
メンバーたちから失笑が漏れる。
『攻殻機動隊』のネタだと分からない者は、どうして笑いが起きたのか分からず、きょとんとしている。
山岡さんは物事をかなり強引に進め、それが思い通りに運ばないと気が済まない、といった人だ。でもしかめっ面の見かけによらず、ひょうきんなところがある。
色々と問題のある人だが、心底憎めないのは、そういう一面を持っているからなのかもしれない。
「では、新規事業がうまく行くように。乾杯!」
乾杯、という声がオフィスに響いた。
おお、鮨だ鮨だ、と子供のようにはしゃぐ我が開発メンバーたち。
実に楽しそうにしている。若干名、つまらなそうに1人で立っているか、黙々と鮨を食べている。
一方営業の連中はどこか大人の落ち着きで、ビールを片手に仲間内で真剣に話している者もいるし、雑談に興じている者もいる。
開発部と営業の女性社員たちは、社内に女性が少ないこともあり、みんなで集まって和気あいあいと何か話している。
役員は3人で横に並び、それぞれプラスチックのカップに注いだビールを持って広末さんの言葉に耳を傾けている。
沢田さんはにこりともせず、時々相づちを打つ。
神経質そうに右手で銀縁メガネを正す。すちゃ、と音がしそうだ。
営業の男2人が沢田さんに今日の訪問先の報告に行き、沢田さんはやはりにこりともせず、うんうんと頷いている。


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