コンサルティングの依頼をほぼ決意した近藤。一番の課題、社長の説得をどうするのか……。
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そうだ、あのワンマンな人をどうやって説得するか、それも大事なことだ。
「中野さん、実は仰るとおりです。うちの代表は山岡と申しますが、結構なワンマンタイプの人間です。確かに僕が良いと思っても、社長が良いという判断を下すとは限らない。違うとなったら、どんなに良いものでも却下されてしまうでしょう。
そこはどうしたらよいでしょうか」
近藤は不安になってきた。
コンサルティングを頼むことは、もう七割方決まっている。
近藤はううむ、と唸った。
それを見た中野は、すぐに思っていることが顔に出る人だな、と思った。
考えていることが顔に出やすいタイプの人とは、やりやすい。
困っているのがわかればすぐにフォローに回れるし、喜んでいれば一緒に喜ぶと、喜びも倍になる。
「大丈夫です。私も多くのプロジェクトで、同様の問題に取り組みました。当然、代表の方にも納得していただくことが必要です。それも、できるだけ早い段階の方が良いですね」
「正直なところ、言い出したら聞かないところに困っていまして……」
「企画の成功とは、大半の方が納得する根拠、ロジックに基づくものです。
そのような強固なものをしっかりと準備し作り上げれば、ほとんどの方は納得し、そして実際に成功します。
私はそうやってあらゆる案件を成功に導いてきました。
しかし、別に私はマジシャンではありません。出来ないことを可能にする、そんなことは出来ないのです。
根拠とロジックが明快だからこそ、その企画は誰もが納得し、そして成功に結びつく。
コンサルティングの要は、その為の情報をしっかりと揃え、分析し、仮説を立て、根拠とロジックを提示して、そこにこれでもか、というくらいの説得力を持たせることなのです」
近藤は中野の力強い話を聞いて、頭がぼうっとした。
感動とも呼べる感情が胸を打った。
何と頼りがいのある人だ、と勇気づけられた。
一方の中野は、中野にとってごく当たり前のことを、当たり前に言ったに過ぎない。
それでも近藤のように感動する者がいるということは、実に多くの人が「企画の立て方」を知らないのだ、ということを再確認しただけに過ぎない。
中野が日頃から冷静に見えるのも無理はない。
「わかりました」
近藤はうっすらと目元に浮かぶ感涙に堪えながら言った。
「僕の中では、中野さんにコンサルティングを依頼することはほとんど決まっています。
しかし、やはりネックなのが代表なのです。
ワンマンですので、そもそもコンサルタントと一緒に仕事をする、ということがどういうことなのかを説得するところから始まると思います。
そうすると、問題になるのは二つ。
一つは、コンサルティングを依頼することの意義を説明することです。
しかし、それは何とかなるんじゃないか、という感触が、中野さんの話を聞いて掴めました。
もう一つの方が問題です。それは……なかなか口に出しにくいんですけど……」
「なんでしょうか」
中野は大体の見当は付いていたが、近藤が口を開くのを静かに待った。
静かに待つ。せっつかず、焦らせず、相手が自分のペースでやるのを見守る。
それが自分の美徳の一つ、あるいはビジネスの場では戦略であることを、中野は十分に心得ている。
中野はややうつむき加減の近藤を見ながら、
今日の夕飯は何にしようかな、とぼんやり考えていた。
実際、とにかく良いアイデア(だけ)を求める方は非常に多いです。
お決まりの台詞で切り返すと、
「そんなものがあれば、こっちがとっくにやってるよ!」
といった感じでしょうか(笑)。
ただ、恐らくこれならこの会社は成功するだろうな、という程度のアイデアは、その場で浮かんでいたりもします。
いわゆる「当たりを付ける=仮説を立てる」というものです。
例えば、皆さんの目の前に何枚かの企画案が書かれたカードがあったとして、それに順序も付けずに全て総当たりで検討しますか?
自分が持っている情報だけでも、とりあえずの取捨選択はできるはずです。
その精度や着眼点が一般の方より若干優れているのが、コンサルタントです。
また、これは僕だけのやり方ではないでしょうが、アイデアが浮かんでいても、敢えてその場では言いません。
まずは相手の方にできるだけ多くの事項を吐き出していただく。それらには、会社や上司へのただの不平不満も多々含まれますが(笑)。
その上で、簡易的にポイントの整理を行い、担当者が興味を示す、頷けるであろう答えに繋がりそうな「ヒント」をそっと差し出すのです。
繰り返しですが、答えが分かっていてもこの場では言いません。
専門家の発言は重いものです。だから不用意な発言は避けるべきです。
分からないこと、難しいこと、損害を被るような事態に対しては、誰かのせいにして、自ら判断を下さないようにと考えがちです。
そのようにして失敗した時にこそ、
「先生がこの企画は良いと言ったのに!」
「他社で類似の企画が成功したと聞いたのに!」
と詰め寄りたくなるというのが企画の責任者だったりするものです。
(もちろん、成功したら自分の手柄に!)
本文中では会話構成などもデフォルメして書いていますが、企画は、納得の積み重ね、完全理論武装が成功するとは断言できません。
しかしながら、絶対的に失敗する可能性を減らせることは事実です。
大成功するとは限らないが、大失敗することはほぼ考えられない。
そう表現するのが、本来正しいところでしょう。
そして、この物語の中の「中野」のように、我々コンサルタントのプレゼンテーションには落としどころがあります。
全てをありのまま、夢のない言い回しをするのではなく、嘘は一切言わず、現実の厳しさを伝えながらも、
あなたの顔色から読み取った、「心に響くフレーズ、表現」に最適化されているのです。
そして、たとえ契約締結に至らなくても、相談してみて良かったと思っていただくこと、それが真に「クライアントの期待を裏切らない」ということだと考えます。


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