コンサルタント中野に新たな事業のアイデアを求めようと考えた近藤。返ってきた答えは?
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近藤は、単刀直入に自社がどのようなサービスを作るべきなのか、コンサルティングの中でアイデアも出してもらえるのか、と中野に尋ねた。
中野は近藤の目を見て、口を開いた。
「もちろん出しますよ……。アイディアは豊富にあります。例えばこういうのはどうでしょうか」
近藤は固唾を飲んで中野の言葉を待った。自然と笑みがこぼれてくる。
「御社の借り入れ状況の返済シミュレーションを行うソフトです。SaaSの特性を活かし、御社の誰もがアクセスできるようにします。自社の資金繰りの可視化により、全社員が経営者の観点を持てるのです」
近藤は中野の言っている意味が良く分からなかった。
凍り付いた笑顔のまま、しばらく中野の言葉の意味を考えてみた。
「えっと……それは弊社にどのようなメリットがあるのでしょうか……?」
中野はテーブルの上で両手を組み、顔の半分を隠している。
中野の口元が不敵につり上がるのを、近藤は見ることが出来ない。
「どう思われますか、この企画?」
と中野は静かに言った。
じっと近藤の目を見ている。近藤はどぎまぎした。
「えっと……どう思うも何も……」
近藤は返答に窮した。
「お困りのようですね。それはそうです。もしそんなものを作っても、実際に役に立つかは別問題です。
アイディアは豊富にあります。出せと言われれば出します。そして、その中から出したまでです」
近藤はどう反応したら良いか分からず、固まったまま、中野がくっくっく、と笑うのを見ていた。
この人、ちょっとヘンかも知れない。
「いや、失礼いたしました。別に言葉を弄しているわけではありません。近藤さん、突然この企画を聞いてどう思われましたか?随分と突飛な企画だと思われたでしょう」
近藤は中野の言わんとすることがまだ理解できず、
思わず首をひねってしまった。
「よくコンサルタントを勘違いされる方が多いのですが、私はいわゆる『企画屋』ではありません。
アイディアを出しても、それによって事が上手く運ぶかどうかは、全て御社に掛かっています。
ただの思い付きで良いのなら、いくらでも出します。
ただ、実際に役に立つアイディアをとにかく出せ、というのは困ります。
私の出すアイディアは、私自身は、とても役に立つと思っていますから。
それがたまたま御社の考える『役に立たない』アイディアだとしたら、とても残念です」
近藤は、中野がこちらをからかっているとは思わない。
恐らく、何か意図があるのだろう。近藤は中野の話を整理した。
「つまり……中野さんは、弊社が必要としている相応しいアイディアを持っているが、それは弊社側の態勢の問題なのだ、ということなのでしょうか?」
中野は少し違いますが、概ねはそうです。と言った。
「コンサルタントは、ただアイデアを売り込むタイプの企画屋ではなく、クライアントと一体となり、何が『当社』にとって良いのかを考え、共に練り上げていく、意思決定の材料を提示していく、そういう役割です。
御社の今の状況や、要件なども正しく把握していない中で、ただアイデアをと言われましても、根拠に基づくものは出せないのです。
それでも、ということでしたら経験と勘に基づいてお出ししましょう……」
近藤は、ああ、なるほど、と大きく頷いた。
「それから、もう一つあります。このような自社サービス開発のプロジェクトにおいては、受託開発のように、発注元であるクライアントの要求に応じた検討をしているわけではないため、社内の意見が分かれ、なかなか決定できないことも多いです。
企画立案した部署でどんなに良いと思う企画が出来たとしても、それが連携部署を含めて、関係者に受け入れられる内容か、あるいは経営層が承認するかどうかは別問題です」
近藤はそう言われて、社長の山岡の顔がすぐに浮かんだ。
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