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第28話 伝書鳩ほどの達成感は欲しい

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事前に準備していた資料をもって初回のミーティングに臨んだ近藤だったが……。
コンサルタント中野から次回までに求められた資料は全く予期しないものだった。
(物語概要・登場人物の紹介はこちら)


「はい。では 例の資料を見せていただけますか?」と中野さんは言った。

僕はUSBに入った資料を中野さんに渡した。
指示を出されていたのは次のとおりだ。

・体制図またはメンバー一覧のような社内の人員配置が分かるもの
 (契約社員なども含めて)
・顧客関連データ
・売上関連データ(商品・サービス別のもの)
・財務諸表

この内、財務諸表に関しては、
「見せてもらえれば、より明確な判断ができる」
という中野さんの言い方だったのでそのとおりに沢田さんに伝えたのだが、とりあえず今回は待ってくれ、ということだった。

体制図は存在しないことが分かったので、急いで作成した。
営業部はたまたま居合わせた広末さんから急いで聞き取りを行った。
間に合って良かった。

「その他、プロジェクトの検討に有用そうなものを考えて出して欲しい」
という指示だったが、正直、何を集めれば良いのか分からなかったし、時間も足りなかったので無念ながら正直にそう伝えた。
中野さんは受け取った資料を見ながら分かりました、と言った。
全く嫌な感じではないのだが、何か含んだものの言い方だった。

「近藤さん、作業報告書のようなものはございませんか?」

「作業報告書?」

僕ははて、と首をひねった。そんなのあったかな……。

「近藤さんがいつもご丁寧に書いている日報で良いんじゃないですか?」
とむすっとした感じで本宮が明るい髪を右耳にかけながら言った。
僕は軽くカチンと来たが、ぐっと怒りを抑え込んだ。
まったく本宮はまったく。

「あ、それです。それで結構です」と中野さんが言った。
「用意してくださいますか?」

「はい。開発部の日報ですね」

「営業部にはありませんか?」

「ええっと……あると思います。いずれにせよ、日報はウェブで管理しているので、沢田に出して良いか確認しておきます。営業部のものに関しても伝えておきますね。次回ミーティング前日までにお渡しできると思います」

「ではお願いします。今日は今いただいた資料を基に、色々とヒアリングさせてください。まずは概要のご説明からお願いします」

「あ、はい。ええと……」

僕はとりあえず何とか形だけは揃えた資料を広げ、中野さんに説明しようとした。でも全然上手く行かない。
そもそも自分が何を言っているのか、自分ですら分からない。
そりゃそうだ。何を言うべきなのか、てんで見当も付かないし、そもそも何を求められているのかも分からないのだ。
緊張で手に汗をかく。

中野さんはホワイトボードの上にある、15時を少し過ぎた時計を見て、
今日はこの辺りにして残りの作業をお願いします、と言った。

その日のミーティングはそのまま解散となった。

凄く疲れた。
内容が頭に残っていない。こんな調子で大丈夫だろうか?
僕は疲れからか、作業に戻ってもついうとうとしてしまった。
最近、コーヒーでもカバーできなくなってきている。
仕事の疲れも20代とはかなり変わってきた。
どれだけ食べても全然肥らなかったのに、最近はお腹にぜい肉もつき始めた。目の疲れも半端ない。

ふう、とため息をついていると、コーヒーカップを持った坂石が、近藤さん、お疲れですか? と声をかけてくれた。
気持ちだけで嬉しいよ、と言うと、坂石はにっこり微笑んだ。

彼らに迷惑をかけていたんだな、と僕は金曜の夜からずっと考えていた。
知りませんでした、では済まない話だ。
心の中ではメンバーたちへの申し訳なさが半分、どうして早く言ってくれなかったんだろう、という思いが半分。
言われなきゃ分からないことも多いのだ。

僕はそっと本宮を見た。
黒縁のメガネをかけ、ディスプレイを無表情で見ながらキーボードを打つ姿が見えた。
彼女とはいつも衝突が絶えない。どうしてなんだろう、と僕は思う。
しばらく考える。答えは出てこない。

僕は辺りをゆっくり見渡す。殺伐としている。
開発メンバーは、黙々とキーボードを打っている。

うん。疲れているのは僕だけではない。みんな疲れている。

とりあえず、あとで本宮が好きなキットカットでも買って、みんなに差し入れでもすることにしよう。
でも。あれ? この前、みんなに差し入れしたのっていつのことだっけ?

第29話 「形骸化した業務日報」に続く

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