社長山岡の思考が見えてきた中野。山岡は中野をどう評価したのか?
そして中野のプレゼンテーションの行方は?
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「いや、中野さん、実は、初めは丁重にお断りするつもりでいたのです」と山岡はすまなそうに切り出した。
「近藤に仕事を振ったのも、正直なところ、安く早く簡単に出来るものを、先入観なしに作ってもらいたかっただけなのですよ。ところが彼も根が真面目なところがあって、こちらの思惑以上の働きをした、いや、してくれたというわけです。
どうやらしっかり情報収集をして、それでコンサルタントに仕事を頼むと言いだして、私もびっくりしてね」
「そうでしたか」と中野は頷いた。
「SaaSでうちが出遅れているのは重々承知している。でも、ほら、顧客に対応が鈍いと思われてはかなわんのだよ。だから適当なものを手っ取り早く作ってくれたら、ぐらいに思っていたんだけどね」
「なるほど」と中野は特に感想も述べずにまた頷いた。
中野はやはり、と確認しただけだった。
「どうも中野さんには秘策がありそうだ。後発の会社でこのシェアを取れるとは、すごいね」
「ありがとうございます」
そこで急に山岡は黙り込んだ。中野は来るぞ、と身構えた。
「そうだね、なんというか、まあ聞きにくい話なんだが…… 予算のことは近藤から聞いています。最初のプランの作成まで、確か100万ほどだったかな。週に2回、1回につき2時間のコンサルティング」
「はい、バックヤードの作業時間を込みで、そのように提示させていただきました」
「1回につき8万というのはどうだろうか」
中野はここぞとばかり真剣な顔つきになった。
「私も可能な限り、リーズナブルに提示させていただいております。これまで御社と同じような課題を抱えられた多くのクライアントの方々と、コンサルタントとして信頼関係を築いた上で、サービスを続けて参りました。私が知りうる限り、提示額は業界でも十分納得感があるものと存じます。山岡社長、ご決断を」
物腰は穏やかであるが、最後に山岡に対して「今決めるべきだ」と強くはっきりと中野は言ったのだった。
山岡は長年営業畑で培ってきた経験から、こういう時には、瞬時に気持ちに応えることが大事なのだということを知っていた。
「分かりました。近藤もなかなか良いパートナーに巡り会えたようだね」
中野はにっこり笑った。
「近藤さん、頑張っておられますよ」
「うん、そうですね。そうだと思います」
山岡は内線で近藤を呼んだ。近藤が失礼します、と部屋に入ってきた。
「近藤君、中野さんと話し合いはついた。後は君に一任する。一緒に良いものを作ってくれよ」
それを聞いた近藤は満面の笑みで、え、あ、はい! と頷いた。
「詳しい話はまた後でだ、近藤君。中野さん、では頼みました。何かあればご連絡ください」
「承知いたしました。どうぞ、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
中野は近藤の後に続いてサーバルーム兼社長室兼公安9課を出た。
近藤は振り返り、にこやかに尋ねた。
「僕がこういうのもなんですが、うちの社長、かなり変わっています。どうでした?」
そういうことは早く言うように、と微妙な感情の揺れを含んだ笑顔で中野は近藤に手を差し出した。
近藤はその非言語のメッセージが読み取れず、少し戸惑いながらも、無邪気に笑って固い握手を返した。
熱の伝わる、そんな瞬間だった。
今回はシリーズ前半のちょっとした日常回的な話となりました。
一番大事なこと、伝えたかったことは、実にシンプルです。
クライアントは「信頼と協力」を、コンサルタントはそれに応える「誠実と実力」を。
物理的な形のある商品・サービスをただ買うのではなく、コンサルティングサービスを受けるということは、気持ちが、思いが通じ合うことがとても重要です。
山岡は営業として、社長としてここを分かっていました。
また、これらは経営者なら分かっているべきところだと断言しておきます。
次回、本編は事実上のコンサルティング契約締結が行われたことで、プロジェクトのキックオフに向けて急展開!?
リアリティを追求しながらも、読みやすく書いていきたいと思います。
どうぞお楽しみに。
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