【はじめに】英語への情熱〜日英同時通訳者の私から、英語に関心のあるすべての方へ贈るいくつかのヒント〜

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語学

2021/01/29

【はじめに】英語への情熱〜日英同時通訳者の私から、英語に関心のあるすべての方へ贈るいくつかのヒント〜

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“Funny!” この一言は、私の生まれ故郷北海道旭川市の北星中学校に(すでに旭川東高校?時代だったかもしれません。何十年も前のはるか昔がつい昨日のように思えて仕方ないのはなぜでしょう)アメリカから私たちのクラスにやって来た交換留学生(こういう制度が存在したというということは、やはり東高時代?)のいわゆる、「金髪・青い目の外人」と生まれて初めて、「会話もどき」を交わした際に、私の席の隣の男子が「こいつ(つまりは、初めてのガイコクジンに驚きと嬉しさ(!)でどきまきしていた私のこと)、どう思う?」(もう少し丁寧な言い方だったかもしれませんが)と青い目に尋ねた時に、即座に返された言葉でした。”Funny” =「おかしい、こっけいな、変」、明らかにお世辞ではありません。このガイコクジンもファーイースト・ジャパン(「極東の日本」)、まして地方の日本人女子学生と会話もどきをしたのは、ほぼ初めてのはずでしたから、これは純真で率直な十代の少年の感想だと思います。

この時の私は、英語は「勉強」の中では一番得意、だから大好き、ただそれはまだ学校の「科目」として一番点が取れるから、という興味レベルでした。ただ、英語で会話が曲がりなりにもできたことに対して、「英語」=>「中学校では学校の得意科目」=>「高校では大学受験に必須な得点科目」=>そして、このガイコクジン少年との数分に満たない英語を「ナマで」話すという得難い体験がその後の自分の英語キャリア、人生において、英会話としての鮮烈な原体験だったと思うのです。そして、私の中学時代の思い出と言えば、北星中学校女子バスケットボール部の先輩たちを全国大会に導いた伝説の「鬼コーチ」竹内先生の下で、グラウンドを何十周も走り、うさぎ飛びを倒れそうなほど続ける、という猛特訓(!?)を受け、帰宅すると疲れ果てて夕食を食べたら、バタンキューの日々。勉強といえば、定期試験(中間試験と期末試験)で部活が休みになった時に深夜にむくっと起きては、当時学生たちの間で絶大な人気を誇ったオールナイトニッポンのDJたち、鶴光、タモリ、松山千春を聴きながら、日頃培った体力に任せて、そのまま徹夜で試験勉強する、というパターンを繰り返していました。スターティングメンバー5人は、運動能力に長けた、学校でも人気の花形選手たちで、万年補欠組の私は中学3年夏に引退するまで、なぜかやめることは念頭になく、ひたすら学校では練習、家では食べては寝るを繰り返し、学力よりも身長が一気に伸びた、体力作りの時代を過ごしました。「しごき」という言葉は、ホウキの柄でお尻を叩かれることが珍しくはなかった、いわゆる「体罰」同様、現代学校教育では見られなくなっているのでしょうが、「竹内先生」は「こわいけど優しい」存在でした。向陵小学校の卒業文集で書いた「何事も一生懸命に努力する」というモットーはいまだに変わっていません。この部活時代にたくましい「体力」と「気力」が鍛えられ、高校時代、そして大学進学で東京に上京してから、様々なカルチャーショックを受け、「語学力」(「英語」と私たちの母国語「日本語力」については、また後の回に)が鍛えられてきたのだと感じます。

自分のキャリアについては、上智大学時代に掛け持ちアルバイト(塾講師、家庭教師、翻訳下訳)、英会話学校ECC通学「ダブルスクール」(そういう言葉も有りませんでしたが、こちらも後ほど詳述します)、英語資格試験準備等に追われた学生時代から、毎日駆けずり回り、仕事に没頭し、学び、人に出会い、そして「仕事、学び、出会い」を繰り返しているうちに、その行動範囲がスパイラルのように横に上に拡がり、いつの間にかグローバルになったということだと思っています。「大好きなことをキャリアに」とはよく言われることですが、クライアントや学生たちから ‘Thank you’ と言われ、ライフワークとしての英語に、健康で毎日ますます「楽しく厳しく、いつも新鮮に」取り組めていられることに心から感謝しています。

国際会議にも出かける「同時通訳者」という職業は、華やかで成功ばかりのキャリアに聞こえるかもしれません。私の歩んできた通訳への道のりは、平坦でも何でもなく、自分が好きで選んだとはいえ、繁忙期には「毎日が明日受験する大学院生」のように、全く違う分野について長年の専門家の方々がディスカッションする際の言葉のスペシャリストとして、にわか仕込みであろうと現場ではその素振りを少しも見せずに、膨大な資料読み込み準備とマッサージ通い(「おっさん」のようですが、私は自分のことを「メンタル・アスリート」と思っています)に追われる日々を送ります。そしてその道のりは、たくさんの失敗談、教訓に満ち満ちているのです。

このエッセイは、通訳キャリアガイドでは有りません。本書を読まれた読者の皆さんが、まさに、青い目のガイコクジン少年であっても、黒い髪のアジア人旅行者でも、遠いアフリカ大陸からのビジネスマンでも、英語を通じて意思疎通をし、心を通わせ、一緒にスマイルすることができる、もしかすると素敵なビジネス仲間、長年の友人、またはそれ以上の出会いになる「人生を変えるかもしれない」(私もそういう出会いに恵まれてきました)、そのための第一歩として、このエッセイで「英語と自分についてたくさん考え、そしてその自分について自信を持って語ることができる」ようになって頂くことが目的です。

全8回にわたるこの連載では、私の自伝的要素を含むエッセイを中心に皆さんにお届けします。英語に憧れ、恋い焦がれるようになったきっかけ、そして寝食を忘れて(正しくは「食」についてはむしろまったく忘れずに大変なことになったのですが)英語習得に情熱を注いだ(正しくはいまも注ぎ込んでいます)青春時代のお話を中心にさせて頂きます。

そしてそのような経験を踏まえた上で、日英同時通訳者としての英語力を身に付ける土台となった英語習得の方法論を時折お伝えしたいと思います。英語を人生のキャリアとして生きることを決断した方々に、何らかのヒントを得て頂けますと幸いです。

Let’s speak out and enjoy our life to the fullest! 「声に出しましょう、そして人生を思い切り楽しみましょう!」

Warmest regards, 「心を込めて」
Grace

印田 知実

印田 知実

いんでん ともみ

上智大学文学部英文科卒業。外資系銀行、エアラインの役員秘書を経て、中近東(バーレーン)勤務。湾岸戦争直前に帰国翌日に元防衛庁統合幕僚会議議長の私設通訳兼秘書となる。一方で平成3年に有限会社メドフェインターナショナル設立。各国語の通訳、翻訳を中心に、語学人材を派遣する委託業務も行なう。自ら通訳(マーケティング、医学/製薬、製造、官公庁、アカデミック等、分野を問わず)、翻訳にて、国内外を飛び回る傍ら、...

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