カメラ片手にブラ俳句 第4回「東京の季節を詠み込む」

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芸術

2021/01/14

カメラ片手にブラ俳句 第4回「東京の季節を詠み込む」

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渋谷の街をくまなく歩くには、「予習」が欠かせない。

俳句でいえば、“季語”を頭の中に入れておく。
カメラでいえば、“撮りたい風景”を下見しておく。

俳句の主なルールは、5・7・5(17音拍)でおさめること、そして「季語」を使うことの2つ。初心者はたいてい、「季寄せ」と呼ばれる、季語をまとめた辞典のようなものを持ち歩き、照らし合わせながら句を考える。

この季語というのが厄介。必ず、その月の決められた季語の中から使わなければならない。しかも「こんなものまで季語?」と思ってしまう、トリッキーなパターンもある。たとえば、春の季語の中には「亀鳴く」や「猫の恋」といった言葉が出てくる。「俳句の感じ方は人それぞれ」というあいまいな基準でありながら、ルールはガチガチに固められている。

俳句を始めてまだ2年目の私の場合、頭の中に季語は入っていても、どの月の季語だったか、いちいち季寄せを確かめなければ分からない。そこで、月のはじめか、前の月のおわりに「次の季語」を予習しておく。予め頭に入れておくことで、街を歩きながら一瞬で俳句脳に切り替えられるようになった。

一方、カメラに関しては、普段歩きながら、次に撮影するときの下見を兼ねている。
私にとって「渋谷を歩く」ことは、運動にもなるし、句も思いつくし、カメラで撮りたい場所の下見もできる、一石三鳥のライフワークなのだ。

ライフワークになったおかげで、東京以外でも「俳句」「カメラ」を試したくなった。
そこで、実家の新潟に帰った時に実践しようと、どちらも予習をしておいた。

2020年の正月は、久々に家族で集まったこともあり、車でどこか初詣に出かけようという話になった。私や母は、遠出したついでに買い物や食事を楽しめるのでウキウキしていたが、父はどうも渋っている。私の父は緑内障で、全盲ではないが足元が暗くもやがかかって見えているらしい。きっと遠出するのが面倒なのだろう。そして、その原因は雪にもある。

新潟の冬には、「消雪パイプ」が欠かせない。雪の予報が出ると、道路の真ん中に設置された「パイプ」から地下水が散布され、雪が積もらないよう溶かす役割を果たしている。このおかげで、どんなに雪が降っても、道路に積もることはないが、歩行者の足元はぐちゃぐちゃになる。父は、行き慣れない場所、ましてや雪道でぐちゃぐちゃの道路を歩くのが億劫なのか、出発当日も、何やらウンヌン言っていた。

その父を何とか神社まで連行し、車を降りると、今度は父は誰の手も借りず一人で歩き出そうとしてしまう。「手を貸して」と素直に言えない父なのだ。一方で、周りの歩行者に迷惑をかけてはならない、と世間体を気にする私たち家族。緑内障の父を引き連れて、このぐちゃぐちゃの雪道の中、最短時間で初詣を済ませるにはどう動くべきか?そんな風に頭をフル回転させていた。

ようやく鳥居の前まで来ると、私の心配とは裏腹に、意外な光景が広がっていた。
参道だけが、きれいに除雪されていたのだ。おそらく、朝早く神社の人がせっせと雪かきをしてくれたのだろう。なんとありがたいことか。これなら、父の足でも歩ける。そう思って、ほっと肩をなでおろした時の心境を句にした。

“雪掻きていつぽんの道初詣”

こちらの句は、正月明け、原宿句会で集まった時に投句した。私よりもはるかに俳句歴の長い諸先輩方から「初詣の句はよかった」と直接お声を掛けて頂き、自分の中ではひとつ、何か新しい感覚を掴めたような気分になって手ごたえを感じた。

この句の題材になった神社で、手水舎(てみずや)の足元に置かれていた器も気になり、こちらをカメラにおさめた。

コンクリートと雪、ほぼ白黒の風景にぱっと明るいガーベラが浮かんでいたので、これは何だろう?と思って好奇心に駆られた。その後、しばらく経ってからInstagramで同じように、器の中にたっぷりの水を注ぎ、花を浮かべている写真を多く見かけた。

なんでも、これは「花手水(はなてみず)」というらしく、カメラ女子の間でフォトジェニックな被写体として流行っているらしい。

もう一つ、冬1月の季語「寒見舞(かんみまい)」を使って句を詠んでみた。
季寄せによると、寒見舞とは「寒中、知人の安否を見舞う手紙を出し合ったり、電話をかけたり訪ねていったりすること」とある。

この、見舞う頻度までは書いていないが、おそらく一冬に一度訪れればいい程度だと思う。しかし、正月の帰省中、一週間ほど実家に滞在する間、同じ人物のもとへ3回も寒見舞に行ってしまった。とにかく、出かけてばかりのにぎやかな正月だった。

相手は、車で5分ほど離れた距離に一人で暮らしている親戚の叔母だ。派手な髪色に、酒焼けした重低音、ヒョウ柄のパンツを履いた姿を見たのが印象的で、まるで宝塚のスターのような風貌なのだ。私はその人を「宝塚のおばちゃん」と呼んでいる。

普段は、実家にいる私の父が気にかけて、30分ほど歩いて様子を見に行っているらしい。この正月は、買い物のついでに、初詣の前に、お正月のおせちを届けにと、何かにつけて「宝塚のおばちゃん」のもとへ立ち寄ることにしていた。

一人暮らしの叔母は、私たち家族が乗る車のエンジン音が聞こえると、寒い中にもかかわらず、窓をガラッと開けて顔をのぞかせてくれた。エンジン音で、よく分かるな…と逆に関心する。それほど、誰かの声や、近づいてくる足音には敏感で、一人暮らしの叔母にとって、心待ちにしていることなのだと思った。三度も寒見舞に行ってしまったが、叔母はいつだってお礼にと、ケーキやお菓子を持たせてくれた。

“玄関に笑ふ声あり寒見舞”

本間 恵理

本間 恵理

ほんま えり

1988年生まれ 新潟県出身。東放学園専門学校卒業。学生時代にラジオの放送作家としてデビュー。テレビ番組の構成作家の事務所に勤めた後、独立。2020年7月、女性だけのリサーチユニット「ソラハナ」を発足。「東京ガールズコレクション」のようなティーン向けから、「演歌・歌謡曲」といったシニア向けまで、両極端なターゲットの番組にかかわるテレビマン。今回は、ライティングの仕事に初挑戦しました。 ...

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