カメラ片手にブラ俳句 第1回「春の渋谷」

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芸術

2020/12/24

カメラ片手にブラ俳句 第1回「春の渋谷」

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渋谷の街を、くまなく歩いてみたい。
そう思わせるきっかけをくれたのは、奇しくも2011年の東日本大震災のときだった。

都内で会議を終え、恵比寿にある事務所に戻ると、社員みんながテレビの中継を見つめていた。東北で起きた震災は、遠く離れた東京の交通機関にも影響を与えた。
「よし、今日は歩いて帰ろう!」
一番年長で頼りになるデスクさんの一言で、社員一行の運命が決まった。

こうして、渋谷区恵比寿から、当時の自宅があった杉並区和泉まで、およそ2時間かけて歩くことになった。一行の船頭になってくれたデスクさんは、普段は車で通勤することもあるため、渋谷の道路事情に詳しかった。歩きながら、私に渋谷の街を案内してくれた。すると、今まで知らなかった世界が見えてきた。

代官山の裏路地は緑にあふれていて、先ほどのニュースのあわただしい中継映像とは裏腹に、優雅にカフェを楽しんだり、美容院で髪を切ったりする人々の姿があった。
「昼から優雅だね」「優雅ですね…」
そんな皮肉をこぼしながら、恵比寿~代官山を抜け、山手通りを目指した。
道玄坂上まで来た時には、歩き出してから30分が経過。
季節は春先とはいえ、背中には汗が吹き出し、体もポカポカ温まってきた。

ここから、都内有数の高級住宅地と称される松濤、富ヶ谷のエリアへ入った。
「えっ、ここも渋谷なんですか?」
と、何度も聞いてしまうほど、目を疑った。
広々とした歩道は、“歩くスペース”と“自転車が通るスペース”がどちらも十分に確保され、安全を意識するだけでなく“ゆったり歩く”ための造りになっていた。

渋谷駅の喧噪とは打って変わって、静かな住宅地。
整備された街並みの片隅で、静かに解体されていく建物。
「こんなにキレイな場所なのに、まだ変わるんだろうか?」
そんな未来を予想させる場所だった。
駅から駅へ、電車に乗って移動するだけでは見えなかった、新しい渋谷。

この場所に、一目惚れしてしまった。ここをもう一度くまなく歩いてみたい。そう思った。でも、そのエリアの家賃は、どんなに安くても当時の私にはとても手が出せない金額だった。
それが、数年後に叶う形となったのだ。お金を貯めて、晴れて渋谷区民となり、私が思い描いた通り、渋谷を歩く生活が始まった。
それまでは、電車を乗り継がなければ行けなかった場所が徒歩圏内になった。
仕事も、買い物も、すべて渋谷区で事足りる。

朝、昼、夕、夜、深夜。すべての時間の「渋谷」を見てきた。すると、ある日を境に、通い慣れた道に「価値」を感じるようになった。ついこの前まで蕾だった花が咲きそうになっていた瞬間。たまたま近所まで出かけたタイミングが雨上がりで、露を含んだ植物を見つけた瞬間。そんな、価値ある風景を見たことで、歩くだけでなく「この風景を撮りたい」と思うようになった。それが、「歩く」に次いで「カメラ」を持ち始めたきっかけだ。生まれて初めて買った、ミラーレス一眼を持ってカメラ教室にも通った。

人生初のミラーレス一眼。購入した決め手は「首から下げた時の軽さ」と「スマホへの画像転送機能の便利さ」だ。

私は「渋谷の風景を撮る」と決めていたので、仕事の帰り道、荷物を持って歩きながら撮影しても疲れないことが大前提だった。カメラが重くては、せっかくの撮影を楽しめない。そこで、カメラ本体に加え、付け替えのレンズをはめた時の重さも併せて、他社のカメラと色々比べてみた。結果、このオリンパスペンに落ち着いた。

そして、「スマホへの画像転送機能」。オリンパス製デジタルカメラ内の画像を、スマートフォンアプリ「OI.Share 」を使って iPhone や iPad に転送できるのだ。
https://app.olympus-imaging.com/oishare/ja/

私は、撮った写真をInstagramにアップしたいと考えていたので、カメラ本体の液晶画面越しでなく、スマホ画面越しで見た時にどう写るか?が優先だった。この機能のおかげで、パソコンを介さなくても、撮った後、wi-fiさえ繋がっていればすぐにスマホに転送できる点が便利だ。

カメラの準備が整ったタイミングで、俳句の勉強にも取り組み始めた。

私は20代のころから演歌歌謡曲の番組に携わっているが、この番組で触れる歌の世界に今後もかかわり続けるだろうな、と決意が固まった時があった。50年先、80代になったベテラン作家の私が、詞の世界にも携わるかもしれない、歌手の方が気持ちよく歌えるように前口上やナレーションを書くようになるかもしれない、そう思ったときに「今から始められる勉強は何か?」と考え、思いついたのが俳句だった。徒歩圏内で通える俳句教室が見つかり、さっそく入会した。

俳句の勉強を始めたことで、「歩く」「カメラ」に加え「俳句」の目線で街を見るようになった。偶然にも、「カメラで撮りたい」と感じた場所は、「俳句にしてみたい」と思う題材とぴったり重なった。

渋谷を歩きながら、カメラを構え、俳句を考える。それがライフワークになりつつあった頃、コロナ感染拡大のニュースが広まった。
自粛生活で人々が三密を避ける中、私と渋谷の関係はますます密になっていった。
朝の散歩も渋谷。気晴らしに出かけるのも渋谷。日用品の買い物も渋谷。
自粛中はダイエットも兼ねて、毎朝、富ヶ谷の広い歩道を走ったり歩いたりしていた。

マイペースで行く私の横を、ランナーが大腕を振って次々追い越していく。ところが、ふと足を止めた。汗を拭い、腰に手を当てて、うーんとストレッチしながら彼らが見上げていたのは、見事な八重桜だった。私も同じ場所で立ち止まった。

四方に伸びた枝が、まるで両手を上げてバンザイと歓喜しているように見えた。
自粛生活の中でも、春の訪れを喜ばずにはいられない、そんな八重桜だった。
少し出かけるだけのちいさな風景に価値を感じる場所。それが渋谷だ。

“韋駄天も走りを止むる八重桜”

渋谷をくまなく歩く生活に切り替えたことで、仕事にもいい影響があった。
たとえば、「朝一時間歩く」と設定した場合、自宅を6:30に出発し、代官山の蔦屋書店まで一時間かけて歩く。蔦屋書店は7:30から営業しているので、着くころにはちょうど体も温まり、頭も冴えて、集中力が高まっている状態。ベストコンディションで、併設されたスターバックスでコーヒーをすすりつつ、パソコン作業ができるのだ。

どんな天才でも、一日の中で集中力が持続する時間に限度がある、と聞いたことがある。私の場合、何度か実験を重ねるうちに「自分は3時間が限界」だと判明した。そこで、7:30から始める「朝の仕事」には、一番難しい課題を持ってくる。10:30まで3時間きっちり作業して、集中力が切れたら、店を出てまた歩く。気分転換をしながら、次はどのカフェに入ろうか、と考える。午後からの作業には、肩の力を抜いて取り組む課題を持ってくる。

こうして、歩く⇒作業⇒歩く⇒作業 を繰り返す。歩く間は、さっきまで取り組んでいた作業について振り返ることもあれば、街の風景をなんとなく眺めているうちに、新しいアイデアを思いつくこともある。仕事脳を休ませながら歩くことで、回りまわって仕事にいい作用が働くようになった。

私が代官山をテクテク歩いていると、その横をびゅんびゅんと、タクシーが追い越していく。それまで「余裕のある人=タクシーを使う」と思い込んでいたが、本当に心の余裕がある人にこそ、私のように、歩く特権が与えられるのではないかと思った。

心の余裕があればこそ、たとえ雨の日でも「それはそれで、歩く楽しみが増えた」と思えるはずだ。自然の風景を美しく撮ることができるのは、晴れの日よりも雨上がりの瞬間だと私は思う。雨が上がった瞬間、家を出てすぐ代々木公園まで行けることもまた、渋谷に住む者の特権だ。

“雨もまた春の一日テレワーク”

パソコンもwi-fiもいらない。写真で切り取った世界に、自分の俳句が見えてくる。歩く、カメラ、俳句。年齢、性別、キャリアに関係なく「いつでも、誰でも、どこからでも参加できる」という点がこの3つの面白さだと思う。

本間 恵理

ほんま えり

1988年生まれ 新潟県出身。東放学園専門学校卒業。学生時代にラジオの放送作家としてデビュー。テレビ番組の構成作家の事務所に勤めた後、独立。2020年7月、女性だけのリサーチユニット「ソラハナ」を発足。「東京ガールズコレクション」のようなティーン向けから、「演歌・歌謡曲」といったシニア向けまで、両極端なターゲットの番組にかかわるテレビマン。今回は、ライティングの仕事に初挑戦しました。 ...

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